10月28日(日)、EVERWINレーシングチーム所属、『BLACKY、MIZOKICHI、FAMI、Nザワ、BLACK’S KIDS』さん達が、いつの大変お世話になっております京都車連主催の『京阪奈ロードレース!』に参加され、『反省文!4部構成?』を書き込んでいただきました。今回、このレースが今期最後のレースです。参加されたEVERWINレーシングチームの中では、経験の浅いメンバーの果敢な初めての挑戦的なのりのレースです。しかし、皆は興奮してはりました!何か楽しそうでした。2001年は、11月24日の『秋のグルメツーリング!』を残すのみとなり、ロードレースではこれが最後となりましたが、結構楽しそうでした。来年は、京都車連のレースを中心に参加したいと思います。EVERWINレーシングチームはこんな活動をしております。皆さんも一緒に参加しませんか。楽しくがんばりましょう!

お世話になってます!京都車連主催!
『京阪奈サイクルロードレース!』
交響詩「さまよえるけいはんな〜誰がために鐘は鳴る!」 
投稿者:タイヤ裏側くん  投稿日: 2001/10/28(Sun) 19:05

<はじめに>

疲れたわ!
こんなに疲れたのひさしぶりやわ。
前夜に1時間毎に天気予報確認して。
雨を覚悟して、ローラー踏めるようにターフまで用意して。
ほんで夜中に溝吉が転ける夢でうなされて(笑)
なんべんか起きたっちゅうねん。
わはははは
大体、駐車場から会場遠いねん>京都車連様
一体何回往復したのか。
ま、そんなことゆうてんと、私も今年一年の総決算。
がんばらなあきません。
そして
ふと考えると、N沢さんはともかく、
初心者に毛の生えた私と、すねに毛の生えた溝吉、そして心臓に毛の生えたF子と、子供二人。
すげえメンバー勢揃いですな。
ではどうぞ
お世話になってます!京都車連主催!
『京阪奈サイクルロードレース!』
第二話 C5L『誰が素人や?ロックンロールショー』
投稿者:あっちゃこっちゃ痛いF子!  投稿日: 2001/10/28(Sun) 20:58

かてごりー5れでぃーです。
超初心者、ド素人1周勝負!
なのに、なんやねんその走り!
登りめっちゃ早いやん!
下りブレーキ使ってへんやん!
そんなけん走れるんやったらC4L行けやー!
そう言う私はMTBに抜かされてしまいました。
恥ずかしい3位になってしまいました。
一応「BLACKY’S KIDS」より、『5秒』早かったです。
だってアップが・・・

お世話になってます!京都車連主催!
『京阪奈サイクルロードレース!』
第三話 C3−HIGH『Nざわさんといっしょ?』
投稿者:タイヤ裏側くん!  投稿日: 2001/10/29(Mon) 17:24

溝吉の初レースとなったC4も無事終了。
次なるレースは、EVERWINレーシングチームで70kmの道のりをものともせず、おはようトレーニングに参加する、通称「走るサバ水煮缶」(うそです。すいません)Nざわ氏と私の参加するC3だ。
レース前の試走の途中、「おはようございますー」とエアロジャージにデイバッグという、いかにも近所からやってきましたという出で立ちで登場したNざわ氏とともに、C3制覇、ワンツーフィニッシュを狙う私であった(爆笑)
さて、試走が済み、レースまで駐車場でアップをすることに。
雑草が生い茂った地面に固定ローラーを置くも、草がじゃまになるため急遽ビニールシートを敷くことに。
草のせいでシートが持ち上げられシートとタイヤがわずかに触れるのか、ペダルを踏む毎に「シューシュー」と摩擦音を出す。
「おかあさん、このままローラー踏んでシートに穴あいてしまってもいいかな?」
「ええで、百円やし」
そのまま気にせずローラーを踏む。
15分ぐらい経った頃であろうか、Fねえさんが私の後ろで叫んだ。
「なんや?!この緑の粉は!?なんかいっぱいとんでんで〜!」
なんと!練習用のホイルに装着されていた緑のタイヤの表面は、シートとの摩擦によって削り取られ、あわやバーストかという無惨な姿になっていた。
摩擦によって被害にあったのはシートではなく、後輪だったのだ。
「レース用のホイルに変えて無くてよかった‥‥」胸をなで下ろしたのだった。
その瞬間、同じようにローラを踏んでいたNざわ氏も慌てて自分のタイヤを確認。
一応無事なようだった。
(みんなも気をつけよう! タイヤはビニールシートより弱いよ!それよか、こないだ買ったばかりのタイヤやっちゅうねん>泣)

そんなこともあって、アップも15分程度で終了。
早速招集地点へ。

このレースは1キロ登って、1キロ下るというレース。
勾配もそれほど急でもないため、登りも下りもスピードが落ちない。
いかに集団をとらえておけるかという事がポイントだった。

スタート

スタートライン二列目から上手くスタートできた私は、集団の10番手くらいをキープ。
最初の登りをクリア。
今度は下りだ。
下りが始まったとたん、斜め前の選手が前の選手に接触した。
ジュシューッ!
何を考えたのか、その選手は急ブレーキをかけ、前後輪ともロックさせてしまった。
ガチャチャーッ!
破片を飛び散らし真後ろの選手を巻き込んでの落車だ。
あやうく私も巻き込まれるところだった。
「チームメートのおすぎ先輩がいたらいっしょにこけていただろう!」
間一髪セーフ。うそです!すみません!
しかし、その落車は今の私には重大な出来事だったのだ。
レース前まで忘れていた、あの転倒の記憶がみるみる蘇ってきたのだった。
「幼稚園ブレーキ発動ーっ!」
しゅー!
コーナーに目一杯制動してから入る私の姿がそこにあったのだった(泣)

落車後、最初のコーナーを越えたところでNざわ氏が私の横へ。
「こわかったですねぇ」
Nざわ氏はにこにこと私に話しかけた。
氏はなんと落車のすぐ後ろだったらしく、それこそまともに巻き込まれそうな状況だったらしい。
「チームメートのおすぎ先輩がいたらいっしょにこけていただろう!」うそです!すみません!

レースは、下りではそれほど順位の入れ替えは無く、毎回上りの最初で振り落としがはじまるというような展開であった。
ただ、下りでは集団に上手くついていないと、一列棒状の後部からもう一度脚を使って前に出なければならないことになり、かなり不利が見えていた。
Nざわ氏は、上手く集団に入り込んでいく。
私もNざわ氏の背中を追い、集団にくらいつく。

しかし、3周目の上り。
Nざわ氏の背中が次第に遠くなってきていた。

今思えば「ここ」だったのだ。
頑張らなければならなかったところは。
考えても悔しい。悔やんでも悔やみきれない。
Nざわ氏の背中が遠くなったその時、つまりは集団が二つに分かれた瞬間に私のレースは負けが決まってしまったのかもしれない。
なんでそこでいかんのや。
チームコーチY田先生の言葉が頭をよぎる。
「ええか!ちぎれたらその瞬間にレースは終わりやで!」
すいませんY田先生。
いっぱいいっぱいでした。

おはようトレーニングで、おもしろがってアタックをかけてはつぶされる毎日。
でも本当に私が練習しなければいけなかったのは、アタックをかけることではなかった。
アタックかけた後、集団に追いつかれた時、その集団に食らいつきどこかでもう一度アタックをかけられるような「粘り」を練習するべきだったのだ。
今更気がついても遅い。

この冬の間、めいっぱいアタックかけよう。
びぎにさん、S師匠、よろしくお願いしますと言わせてください。
この二人なら、オフシーズンでも目の色かえてアタックをつぶしに来てくれるはずだ(笑)

こうして、いまいちうだつのあがらないレース展開のままゴール。

私の今季、マジレース最終戦は、第一集団からばらけた選手がぱらぱらゴールした後、第二集団の三番手でゴール。
27位という成績に終わった。(一応87名出走です)

しかーし!問題点は浮き彫りになった。
春のシーズンまで、まだ時間はたっぷりあーる!
来シーズンこそは、自身納得いくレースにすべく、日々チームメンバーの皆さんと切磋琢磨することをけいはんなの丘に誓う私であった。

Nざわ氏はあのあと第一集団に食らいつき15位
立派です。
ところでNざわ氏の『夏は終わったのでしょうか?』
ちょっと聞いてみたいような気がする。



お世話になってます!京都車連主催!
『京阪奈サイクルロードレース!』
第四話 K1〜2『ありがとう前傾姿勢です!』 
投稿者:BLACKY’S KIDS!たたやん!  投稿日: 2001/10/29(Mon)21:37

あんな、さいしょな、すーたーとのばしょにな、ひっしにはしってん。
いちばんまえやってん。

[ここまでは、Y田コーチといっしょ!by tencyo!]

でな、すたーとしたときにな、とうくりっぷがうまいことはいらへんかってな

[ここまでは、びきにーさんといっしょ!by tencyo!]

3びょうくらいかかってん。

[ここまでは、びきにーさんより早い!by tencyo!]

すぐにおいかけたけどな、こうはんにな、しょうぶかけよおもてな、ほどほどにしとってん。

[ここまでは、Y田コーチといっしょ!by tencyo!]

でな、くだりで42キロでてん。
4、5にんおいぬいたで。

[ここは、おとうさんと違う!by tencyo!]

さいごののぼりでな、もうふたりくらいおいぬいたで。

[ここも、おとうさんと違う!by tencyo!]

(父親注:これは1分前にスタートした3、4年生クラスの残りの選手)
ごーるのまえでな、うしろみたらな、もうだいじょうぶやってん。

[ここは、絶対!おとうさんと違う!by tencyo!]

たのしかった。
どうめだるもろたで。

[おとうさんは、もらったことがありません!by tencyo!]

おとうさん、ことしなんまいしょうじょうもろた?

[おとうさんには、店長手製の参加賞さし上げます!by tencyo!]

お世話になってます!京都車連主催!
『京阪奈サイクルロードレース!』
『裏側くんの裏情報〜その2〜』 
投稿者:タイヤ裏側くん!  投稿日: 2001/10/29(Mon)21:46

京都に住むうちの両親からの連絡。
本日朝刊にけいはんなの記事。
その中にBLACKY’S KIDS たたやんの名前が!
爺曰わく「おまえも もうちょっとがんばれよ!」
がくーっ!

お世話になってます!京都車連主催!
『京阪奈サイクルロードレース!』
『第五話 C4−悪魔のジャックナイフ!〜すね毛はどうした!」 』 
投稿者:ジャック溝吉!  投稿日: 2001/10/30(Tue)03:14

初のレース参加。今年最初で最後の参戦。
EVERWINのおはように参加して約2ケ月

前日、下見を兼ねて試走に行った。
コースは一部閉鎖されていたがスタートの登りは走ることができた。
全然スピードがでん(20kmチョイ)。これは完走が危ういと思った。
(他に試走にきていたミ○○バの人曰く皆40kmぐらいで登っていくとのこと。一人だと無理だが誰かの後ろについて引っ張ってもらったらいけるとのこと)
これは本当にやばい。
とりあえず充分アップしておかねば登りで足が回らないと思った。
レース前アップに約30分かけた。
C4LOWは試走のあとすぐスタートなので試走は
1周だけにして召集場所に並びに行った。
前から2列目ぐらいのスタート位置についた。
スタートしてビンディングをはめている
間に恐らく60人ぐらいが前を走っていただろう。
とりあえず先頭集団の見えるところまで行こうとかたまりの中をほえながら進路をじゃまされないようにスタートの登りを登った。
裏の普段閉鎖されていた下りの直線で長い先頭集団の後についた。
ここで足を使いきったら登りで苦しいと思い先頭集団のケツ付近のまま2周目へ突入した。
チョット登りがしんどかった。

少しバラケかけていたが1周目同様2週目の下りもほぼ同じポジションだった。ただ下りで口をあけたままだったのでのどがカラカラに乾燥しきって息がくるしかった。しかたなく一人旅状態で走り、咳払いおよび絡んだタンを吐きながら走った(ちゅうても先頭集団の後はかなりばらけてましたわ)。

2周目の後半のカーブで少し前に行こうとしたところ斜め前の自転車が外からかぶさってきて
コースがふさがれしかたなくブレーキング集団から離れてしまった。
最終コーナーを立ち上がると先頭集団は
さらにばらけて最終ラップに突入していた。
とりあえずそばに中学生らしき子が走っていたので中学生には負けないようにしようと思い最終ラップの登りを登った。
どうやら中学生J○ッソは振りきったようだ。

その後2台抜いたぐらいでほとんど順位はかわらずゴールしたと思う。
『結局ほとんど一人旅状態でレースを走ってしまった!』

入賞できなかったのは
@ビンディングはめるてる間に先頭から結構離れてしまった。
A1周目の下りで先頭集団のケツでなく前のほうにつかなかったこと。
Bおはようほどしんどい思いをしなかったこと。最大心拍数は170台だったと思う。おはようでは190近くまででていた。
B体脂肪率が高かったため(16%だと思う)
C足の毛を剃らなかったのもですか〜?

→いや、やっぱり実力どおりでした。

でも今から思えばうまいこと走れば入賞できる可能性は充分あったのではとも思う。
くそー、小学生に負けてしまった。
うぐ、((“o(>ω<)o”))クヤシイー!!
コラ!C4LOWに小学生を何人も出すなーJ○ッソ!
他に参加されている大人の方々の立場を考えろー!
小学生に負けた者の気持ちを考えろー?

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おっと、もうひとつもしかしたら大きな爆弾がありました。
それは・・・・・・・・・・・・・
たぶんおはようは6回参加したであろう。
その間に2度の転倒を味わった。
ジャックと名づけられたのは確か2周間まえだ(かねきちさんが参加していたときだ)。
あのときはNさんが気合の入ったスピードに皆本気になりとてもしんどかった。そのとき息が苦しいのをてをぬかず無理して追いかけたが全く姿が見えなかった。後で胸のあたりが痛かった数日ほど咳をすると特に痛みを感じた。今もわずかだがしこりを感じる(店長曰く急性気管支炎ではないかとのこと)。一周間前ジムでマシンをしたら痛かった。もしかして転倒したときにあばらをやってしまったのか?
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お世話になってます!京都車連主催!
『京阪奈サイクルロードレース!』
『第六話 私の終わらない夏』 
投稿者:マゾN沢!  投稿日: 2001/10/30(Tue)12:59

レース当日朝、家からアップを兼ねて会場まで自転車で向う
受付の辺りでしばらく待つがメンバーは誰も来ず、試走の時に、お会いできるだろうと思っていたら、
はたして、裏側さん親子にお会いすることができた。
親子は仲むつまじく、リラックスムードで裏側さんにいたっては
ジャージにウィンドブレーカー、ランニングシューズでジャージには引っ付き虫をたくさんくっ付けながら走っておられました。(雑草いっぱいの駐車場で止めたことが所が悪くて…。ぶつぶつ言っておられました。)
とにかく、余裕の格好でおられました。私は内心あせったことは言うまでもありません。
試走を終え、初っ端の溝吉さんのレース(一人旅でしかも最初のレースであのスピードはさすがです。)を観戦した後、
駐車場まで一旦戻った我々に待ちうけていたのはやはり多量の引っ付き虫であった。
ローラー台・タイヤ研磨事件の後、再びレース会場へ。
召集場所では鬼コーチY田先生のように「遅い奴は後ろに並べ」とはとても言えず、おとなしく順番に並びました。
C3highスタート。
いきなり、だらだら続く、上り坂を裏側さんの後姿を見ながらクリアした時はすでに酸欠状態の魚の口をしていました。(5年前の鈴鹿のチームロードの悪夢を思い出しました。)なぜ、こんなにしんどいんだ。
上りをクリアした後、すぐに下りに入ったところ、左斜め前方でクラッシュ。自転車の部品も飛び散ってくる中、もうだめだ、巻き込まれると半分あきらめたが何とか約30cm横をすれすれで走り抜けることができ、ほっと胸をなでおろしたものでした。
先方を走っていた裏側さんも巻き込まれずにすみ、「あぶなかったですね」と声を掛けた時、幾分顔が青ざめておらかに見え、それから、走りの方も慎重になられたかのようでした。しばらく、ご一緒に走り、いつのまにか…。
下っては登り、下っては登るの繰り返しのコースで私も全く余裕が無く、途中、スタート地点を通るとき「N島がんばれ」の声が聞こえたのでてっきり付いて来られているものと思っておりましたところ、ふと後ろを見ると、おられませんでした。あれ???。
鐘がなり、最終周回に突入。
前に出なければ、出なければ、出なければと頭の中でこだまするが全く足が残っておらず、ラストスパートへ。
先頭集団のスプリントに加われず、あっけなく終わってしまいました。
先頭集団には付いていけたものの、先頭交替に全く加われず、納得のいかないレースになってしまった。くそー。
日頃は一人で練習しており、おはようトレの時のように頭の中が真っ白になることがない練習はだめなのか。日頃の練習は甘いのか。裏側さんの言われるようにアタックをかけ、追いつかれてもさらにアタックできる足作りが必要なのか。今回のような、クリテのようなレースにはスピードが一番大切と思い知らされた。
『私の暑い夏はやはり終わりそうもなかった!』


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PS:
缶詰「さばの水煮」をごはんの上にたっぷりのせて食べるとおいしいですよ。
(お好みでマヨネーズとしょうゆ少々をかけてください。)
みなさんもお試しください。
私は、大学生活時代のツーリングでの毎食のおかずでした!
1個30円!
おえー!

めちゃあきたちゅ〜ねん!!!

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